10年の宝探し

最近、AIを使ってブログのキャッチ画像を生成しています。
今まで3つ作りました。
まあ、凄いですよね。
凄く時短になりました。
とは言え、あまり彼らとのコミュニケーションが上手く行かずに、納得の仕上がりにはなりません。
訂正の繰り返し、妥協ロードが続きました。
私は、絵画や工作などの作品を上手いか下手で判断するのは違うと思っていて、それよりも良いか悪いかを評価すべきと思っています。
手紙や習字もそうですが、やっぱり魂を込めて丁寧に書いたものはそれが字に表れます。
荷物や持ち物もそうだと思います。
身の回りの物は、自身の象徴です。
何事も一生懸命に取り組めば納得いく作品に出来上がるでしょうし、胸を張れますからね。
特に子供達は、苦手意識を持つべきではないし、持たせてはいけません。
これは、私のAIに対しての偏見もありますが、彼らが作り上げる作品はどうも苦手です。
細部なんか見ても仕上げはとても雑ですし。
それでも誤魔化し切るところがどうも可愛げない。
そもそも、私のブログは子供達をモデルにすることが多いのですが、子供たちが織り成す自然な美しさにはマッチしているとは思えません。
なので、やっぱり手間を掛けても、たとえ表現が乏しくても私はなるべくAIを使うのは控えようと思います。
さて、話はがらりと変わって週末に行われた講習会&昇段審査です。
アラバマから最高師範(私の師匠)を招いて行われる年一のイベントです。
今回の講習会は3時間と長い講習となりました。
正直、皆疲れていたと思います。
ですが、そんな時だからこそ何をすればよいか彼らは理解しています。
皆が良い経験、それと自信を掴んだと思います。
その後の昇段審査も皆よくやりました。
課題も明確になったでしょう。
今回、審査を受けたのはみんな学生でしたが部活や定期テスト等忙しいのが彼等の宿命です。
「週に何度」とかコンスタントに稽古するのが難しい状況です。
なかなか課題と向き合いにくい現状です。
ですが、最低でもそんな現状とは向きあえるわけです。
ともすると、地に足つかない心情になりそうですが、そんなことはありません。
彼らは10年も稽古を続けているのですから。
ちょっとやそっとの負の近況や、組手や型への不安、心配なんてほんの些細な事と理解出来るのです。
10年続けていれば色々ありますよ、そりゃ。
嬉しい事つらい事、悲しさや苦しさ、痛さやくやしさ、時には笑い、泣くこともありました。
全ての感情を経験してきています。
時には怒られ、時には褒められ、後輩から先輩へと変化をして行く過程で稽古の仕方を理解する。
立場を意識した挑戦から感謝、尊敬、時には我慢を学び、山と谷の繰り返し。
もがいたりダッシュしたり、前に進んだり後退したり立ち止まったり。
そんなこんなを丸っと全部を受け止めて自信を掴み成長してきている、それが10年の偉大さだと思うんですよね。
週が明けて、稽古に来た彼らの表情はとても晴れやかで誇らしく格好良い。
一つも気取りはなく、極々自然体の優しくとても温かみのある表情を見せてくれていました。
これが全てな気がするし、そんな素敵な表情を見る事が出来るのはこの上なく嬉しい瞬間です。
さて、今回はAIの話から講習審査会へと話題が変化しましたが、時間を掛けなきゃいけない事、そうしないとわからない事もあるのです。
新幹線に乗るもよし、でも鈍行には鈍行の良さがあります。
インスタント料理も、時間を掛けてグツグツ煮込んだ料理も時と場合によりどちらも納得の食事です。
兎にも角にも、10年の継続は簡単な事ではありません。
大した生徒達です。
彼らの姿を見て一言いわせてください。
たとえ上手くいかなくても、思うようにならなくても、失敗しようが間違えようが、課題を把握できない時もあるでしょう、課題と向き合えない事もまた……。
でも、そこである程度長く続けることが出来れば、それら全てが貴重な経験と変換されてやがて成長という一つ大きな宝に結びつく。
私はそう思います。
いつも頑張ってくれる生徒達、ありがとう!
では



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