集中力

生徒達の写真を撮ろうと何度も何度も思っています。
けれども、何度も何度も何度も撮り忘れてしまいます。
ライブで参加出来ない生徒用にと稽古を録画していました。
ですが、録画ボタンを押し忘れてしまうのです。
撮影を忘れるのは「稽古に集中しているから」という解釈も出来ますが、やるべき事が出来ていないというのも事実なんですよね。
集中って視野を狭めるリスクがつきものです。
言葉の意味はさておいて、良い状態を集中と呼ぶのなら、それは、いま優先してやるべき事に高い質を保ちつつも、その時々の状況や空間全体を捉え把握することだと思います。
組手も、狙って機会を待ってばかりでは上手くいきません。
不自然だからでしょうか。
こんな時、拘るあまり視野は確実に狭くなっています。
会心と言える試合をした経験がありますけど、相手の動きや心情も読めるし、それに対して自然と私の動きと技が小気味よく流れます。
客やセコンドの声援も明確に入ってきます。
どの試合も同じような準備をして、同じように不安が入り混じる中で、そんな感覚の時がありました。
良い集中ってそういう状態なのかなと思います。
以来もそれを目指して準備と試合に挑みましたが、なかなかその状態は訪れませんでした。
明確な理由はわかりません。
まあ、わかれば苦労しないってもんです。
ただ、その目標があるから一生懸命に稽古出来た事実と、稽古をしたからそんな貴重な境地を経験出来た事に間違いはありません。
それに、結果的にそんな良い状態で出来たとしても、大事なのは結果よりも過程でしょう。
ともあれ、徹した先に見える景色なんだと思います。
結局、生活って様々な事をバランスを調整させながら上手くやりくりする事だと思います。
家庭の事、仕事の事、子供の事、趣味も大事でしょう。
勉強や友人だったり、それこそ睡眠、運動、食事もそうです。
稽古も同じです。
パンチなら、突かない方の手の使い方から下半身、蹴りは蹴りで軸足、上半身の使い方、それに呼吸を合わせる事で身体の一体感を上手に使いこなす事が重要です。
それ以外でも、上級者は下級者を意識したり、昇級、昇段して立場が上がる度に道場全体を見渡せるようになるものです。
これは、自然に出来るようになるものではありません。
意識して気付き、視野を広める訓練をしていく中で身に付くものだと思います。
一つ帯が変わると、一つプレッシャーも高まるべきですが、同じ人間が急に変わることはありません。
慣れるまでの挑戦を意識して行動していると、出来る自分に気が付き自信になる。
自信は意欲を掻き立てる。
そうこうしているうちに昇段を迎える。
この構図、ばっちり生活にも活かせると思うんですよね。
結構素敵じゃないですか!
TAGS: 成長・教育・生徒・稽古 | 2026/02/27
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